あしあと
2012年01月25日
今日も。
雪がちらついて、風の冷たい日。
寒くて肩が上がりっぱなしで、
体もこころも緊張しちゃうんだけど、
こんなのを見つけたら、
なんでだかわからない安心感が湧いてきました。
なんの足跡なんだろう。
寒くても、いろいろみんな、
冬のお仕事しながらなんとか生きてるんだね。
最後のはわたしの足跡。
寒い冬も、なんとか生きてます。
1月2日
2012年01月25日
昨日が新月、旧暦のお正月。
今日は1月2日。
外からの光がとっても明るくって、
ひさしぶりに早起きをしました。
行く先々でいろんなひとと会って、
話をしたり、しなかったり、
珈琲を淹れさせてもらったり、
歌を聞いたり、お菓子をつまんだり、笑ったり。
わけのわからない世界の中で、
迷子になったように感じたりもするけれど、
ここにいて、
今、目の前の人といっしょに笑っていることとか、
寒い、とか、痛い、って感じることとか、
美味しい、気持ちいい、って言うこととか、
そんな確かなことって、
後にも先にも、他のどこにもないんだね。
あたりまえか。
最近、見るもの聞くものが以前とおなじだとしても、
少し違って見えるような聞こえるような、
フシギな感じがします。
年が明けたからかな。
贈りもの
2012年01月24日
なんにもしてないのに、
思いがけず、すっごくいいことがありました。
うれしくって、
いつもいつも本当にありがとう、って、
感謝しきれないみんなと分けました。
届けきれてないみんなへも今は気持ちだけ。
冬の畑
2012年01月19日
ふと思いたって、ひさしぶりに、みそ部の畑へ行きました。
最近、ふと思いついたことをやり過ごさないで、
頭を通さずに、できるだけすぐやってみることにしています。
そうすると、なんだかいいです。
今はもちろん、ほとんどなんにもない畑だけど、
このあたりは一面、黄金の麦畑だったな、とか、
あのへんは、金糸瓜がゴロゴロしてたよね、とか。
地表は静かだけど、
土の下はあたたかくていのちが動めいている感じ。
土に埋めた大根も大事に守られていそう。
わたしたちのヨワッチイ気力や体力に関わらず、
大地のでっかい懐を思ったら、なんだかジーンとしてきました。
それから、
こんな気持ちいい場所に出会わせてくれた友だちや、
ここでいつもいっしょに過ごすみんな、
このただっぴろい畑を、使いやすいように、
機械で起こしてくれる友だちのお父さんのことや、
大変な時に手伝ってくれたみんなとか。
ここで好きなことを好きなだけさせてくれる家族とか。
走馬灯のように思いをめぐらすにはちょっと早すぎるけど、
でも、あらためて、ありがたいことばっかりな気がして、
感謝の気持ちでいっぱいになりました。
はー、気持ちよかった。
ここがまた賑やかになるのも、きっともうすぐ。
足下をよく見たら、
寒空にさらしっ放しだったターサイが青々としていて、
ありがとね、っていただいてきました。
2012.01.17
2012年01月17日
昨日も、今日も、
いつもわたしを支えてくれる友だちが、
突然気が付いた!と、こんなことを話してくれました。
幸せになりたいと思っている人は、
もしかしたら一生幸せになれないかも知れない。
でも、
今、この瞬間を幸せだと感じられるなら、
一生幸せでいられるよね。
幸せを求めて、
なにか変わらないものや、変わらないこと、人、を、
自分の外に求めたくなっちゃうけど、
それだと、
ずっと求め続ける人生になるかもしれないけれど、
今、この瞬間の幸せを感じられるなら、
この瞬間の連続が人生なんだから、
一生幸せでいられるよね。
って。
本当にありがとう、って、
今日も、心の底から何度思ったか分かりません。
いつもわたしを支えてくれる友だちが、
突然気が付いた!と、こんなことを話してくれました。
幸せになりたいと思っている人は、
もしかしたら一生幸せになれないかも知れない。
でも、
今、この瞬間を幸せだと感じられるなら、
一生幸せでいられるよね。
幸せを求めて、
なにか変わらないものや、変わらないこと、人、を、
自分の外に求めたくなっちゃうけど、
それだと、
ずっと求め続ける人生になるかもしれないけれど、
今、この瞬間の幸せを感じられるなら、
この瞬間の連続が人生なんだから、
一生幸せでいられるよね。
って。
本当にありがとう、って、
今日も、心の底から何度思ったか分かりません。
郵便屋さん
2012年01月13日
最近うちへ来た子犬が、キャンキャン鳴いているので、
誰か来たのかとベランダからのぞいてみると、
いつもの郵便屋さんでした。
いつも無表情で、
こちらから挨拶をしたってぶっきらぼうなおじさんなのに、
子犬をヨーシヨシとか言いながらなでています。
よく見ると、子犬のロープが木の幹にぐるぐる絡まって、
身動きが取れなくなっているのを、丁寧にほどいてくれていました。
それを見ていたら、胸がじわんとあったかくなって、
声もかけられませんでした。
わざわざ他人に見せないけれど、
しみじみしてしまうような温度感を、
みんなどこかに持っているんだろうな。
つい、表面的な印象や好みで、
ヨイ、ワルイ、スキ、キライ、に分けたくなってしまうけれど、
みんなのそういうところを信じられる自分でいたいなと思います。
誰か来たのかとベランダからのぞいてみると、
いつもの郵便屋さんでした。
いつも無表情で、
こちらから挨拶をしたってぶっきらぼうなおじさんなのに、
子犬をヨーシヨシとか言いながらなでています。
よく見ると、子犬のロープが木の幹にぐるぐる絡まって、
身動きが取れなくなっているのを、丁寧にほどいてくれていました。
それを見ていたら、胸がじわんとあったかくなって、
声もかけられませんでした。
わざわざ他人に見せないけれど、
しみじみしてしまうような温度感を、
みんなどこかに持っているんだろうな。
つい、表面的な印象や好みで、
ヨイ、ワルイ、スキ、キライ、に分けたくなってしまうけれど、
みんなのそういうところを信じられる自分でいたいなと思います。
2012.1.12
2012年01月12日
目が覚めたら、お昼の12時近くでした。
昼間でも、庭の氷が溶けないような寒い冬なのに、
お日さまが高いところから陽を差して、
ポカポカあったかくて、
しばらく空っぽな自分でいられました。
外に予定のない一日だったから、
ゆっくりごはんを食べて、洗濯をして、
珈琲を入れて、ベランダで飲んで。
のそのそと外に出て、
いただいたまんまだったネギを、
今さらだけど土に埋めたり、
捨てるにはもったいないミニサイズの大根たちを、
ひとつの箱にまとめたら、
たったそれだけのことだけど、
自分の中のどこかのコリがふわぁっとほどけて、
なんだか少しスッキリしました。
こんなこと、
自分以外の誰にも、なんにも関係ないし、
誰の得にもならない、
つまらないことかもしれないけど、
もしかしたら、
ただただ自分だけのための、
こんなことの積み重ねが、
遠くの何かにひそかに届いたりすることがあるのかな、
なんて、ふと思いました。
もう陽は落ちたけれど、
今からもう一回お洗濯をして、
漬け物をひとつ漬けようと思います。
昼間でも、庭の氷が溶けないような寒い冬なのに、
お日さまが高いところから陽を差して、
ポカポカあったかくて、
しばらく空っぽな自分でいられました。
外に予定のない一日だったから、
ゆっくりごはんを食べて、洗濯をして、
珈琲を入れて、ベランダで飲んで。
のそのそと外に出て、
いただいたまんまだったネギを、
今さらだけど土に埋めたり、
捨てるにはもったいないミニサイズの大根たちを、
ひとつの箱にまとめたら、
たったそれだけのことだけど、
自分の中のどこかのコリがふわぁっとほどけて、
なんだか少しスッキリしました。
こんなこと、
自分以外の誰にも、なんにも関係ないし、
誰の得にもならない、
つまらないことかもしれないけど、
もしかしたら、
ただただ自分だけのための、
こんなことの積み重ねが、
遠くの何かにひそかに届いたりすることがあるのかな、
なんて、ふと思いました。
もう陽は落ちたけれど、
今からもう一回お洗濯をして、
漬け物をひとつ漬けようと思います。
願い
2012年01月07日
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
*
2012年ですね。
きっとこれまで以上に、
いろんな当たり前だったことが変わっていくんだろうな、
という気がしています。
だからこそ今を大事にしたいと思います。
新しい年になってすぐに、こんなお話を聞きました。
星に願いを、という歌があるけれど、
実は、わたしたちが星から願われている。
と。
その意味を、自分の中でぼんやり考えていました。
星たちの願いは、
わたしたちがひとりひとり、
ここに生まれてきた役割を思い出して、それを果たすこと。
その役割を思い出す目印は、たぶん、
思いきりなにかを楽しんだり、
どうしても何かをやりたい、と思えたりすること。
でも、心やからだが凝っていたりつまっていたりすると、
うまくそれを思い出せなくて、
楽しいという感覚さえも鈍ってしまうかもしれない。
それを、
大地や空からのエネルギーをすぅっと感じられるような、
本当の自分の心やからだになったとき、
本当の欲求と願いが自分の中から出てきて、
もしそれが私たちの役割なんだとしたら、
わたしたちが星に願うことが、
わたしたちが星から願われていることで、
願いはちゃんと叶えられるようになっているのかもしれません。
だから、
自分に正直に生きる、ってことなのか。
本当の願いってなんだろうな。
やりたいことと、やらなきゃ、
なことの違いが分からなくなることはしょっちゅうあるけど、
そういうときは、
ちゃんと立ち止まって確かめてみたり、
誰かの助けを借りられる自分でありたいと思います。
星の願いがたくさん叶う一年になりますように。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
*
2012年ですね。
きっとこれまで以上に、
いろんな当たり前だったことが変わっていくんだろうな、
という気がしています。
だからこそ今を大事にしたいと思います。
新しい年になってすぐに、こんなお話を聞きました。
星に願いを、という歌があるけれど、
実は、わたしたちが星から願われている。
と。
その意味を、自分の中でぼんやり考えていました。
星たちの願いは、
わたしたちがひとりひとり、
ここに生まれてきた役割を思い出して、それを果たすこと。
その役割を思い出す目印は、たぶん、
思いきりなにかを楽しんだり、
どうしても何かをやりたい、と思えたりすること。
でも、心やからだが凝っていたりつまっていたりすると、
うまくそれを思い出せなくて、
楽しいという感覚さえも鈍ってしまうかもしれない。
それを、
大地や空からのエネルギーをすぅっと感じられるような、
本当の自分の心やからだになったとき、
本当の欲求と願いが自分の中から出てきて、
もしそれが私たちの役割なんだとしたら、
わたしたちが星に願うことが、
わたしたちが星から願われていることで、
願いはちゃんと叶えられるようになっているのかもしれません。
だから、
自分に正直に生きる、ってことなのか。
本当の願いってなんだろうな。
やりたいことと、やらなきゃ、
なことの違いが分からなくなることはしょっちゅうあるけど、
そういうときは、
ちゃんと立ち止まって確かめてみたり、
誰かの助けを借りられる自分でありたいと思います。
星の願いがたくさん叶う一年になりますように。
2011.12.31
2011年12月31日
正直に生きていくこと。
これからの時代はもうそれしかないんだよ、と、
お世話になっているある人が言っていました。
でも。
もしそうだとしても、
これまでいっぱいいろんなことをごまかして、
ウソだっていっぱいつき続けてきた私が、
そんなことができるのか、
どこまでそれができるのか、ぜんぜん分からず。
そしてさっき、
知り合いがつづった言葉を見つけました。
正直とは、正しいことをすることではなく、
善い人になることでもなく、
ありのままの、
善くて、悪い、あなたの、
その姿を包み隠さずにいることだと思います。
なぜなら、
あなたがどんなに素晴らしく立派な
財産や、友人や、目標等を持っていたとしても、
どんな言葉で繕っても、
あなたは、ありのままにしか見られないんだから。
たとえなんにも持っていなかったとしても、
あなたが正直に生きようとしているなら、
美しく輝く目をしているでしょう。
そんなようなことが書いてありました。
最近、言葉を口に出したり、書いたりすることが、
怖くなっていました。
今もそう。
誰かに伝えたいことを、
その通りに表せる言葉なんて、
本当はひとつも見つからないし、
なんとか伝えたはずの言葉さえ、
それが自分の本当の気持ちかどうかも分からないような気がして。
いろんなことが自分の思うとおりになればいいのに、
と思い始めた瞬間からの言葉は、
なんとも心地良くなくて、
それが誰かのためとか、良いアイデアだと、
頭では思っていたとしても。
それでも。
口に出したり、誰かから出てきた直後に
ボコンと浮上してくる自分の感情で、
はじめて分かることが多いから、
出してみるのもいいのかな。
やっぱり言祝いでいたいです。
それは本当に。
きれいごと、という意味じゃなく。
それが自分に正直に、ということなのか。
言葉ってやっぱり強いコトダマ。
呪いでもあり寿ぎでもあるんだね。
わたしにとっては、
自分の正直が、どこにあるのか探していくところから、なのかも。
今年も寒くてクリアーで良い冬です。
年末らしいことはなにもしていないけど、
亀のしめ縄をいろんな人たちといくつも作りました。
お餅もつきました。
本当に、あの人やあの人やあの人や、たくさんの人たちに、
ありがとうと、どれだけ言っても足りないくらい、
本当に、感謝の気持ちでいっぱいの大晦日です。
今年は、
ありがとうで胸がいっぱいになる瞬間がどれだけあったことか。
それだけは、紛れもなく正直な自分です。
みなさま、
どうぞ、あたたかくよいお年をお過ごしください。
これからの時代はもうそれしかないんだよ、と、
お世話になっているある人が言っていました。
でも。
もしそうだとしても、
これまでいっぱいいろんなことをごまかして、
ウソだっていっぱいつき続けてきた私が、
そんなことができるのか、
どこまでそれができるのか、ぜんぜん分からず。
そしてさっき、
知り合いがつづった言葉を見つけました。
正直とは、正しいことをすることではなく、
善い人になることでもなく、
ありのままの、
善くて、悪い、あなたの、
その姿を包み隠さずにいることだと思います。
なぜなら、
あなたがどんなに素晴らしく立派な
財産や、友人や、目標等を持っていたとしても、
どんな言葉で繕っても、
あなたは、ありのままにしか見られないんだから。
たとえなんにも持っていなかったとしても、
あなたが正直に生きようとしているなら、
美しく輝く目をしているでしょう。
そんなようなことが書いてありました。
最近、言葉を口に出したり、書いたりすることが、
怖くなっていました。
今もそう。
誰かに伝えたいことを、
その通りに表せる言葉なんて、
本当はひとつも見つからないし、
なんとか伝えたはずの言葉さえ、
それが自分の本当の気持ちかどうかも分からないような気がして。
いろんなことが自分の思うとおりになればいいのに、
と思い始めた瞬間からの言葉は、
なんとも心地良くなくて、
それが誰かのためとか、良いアイデアだと、
頭では思っていたとしても。
それでも。
口に出したり、誰かから出てきた直後に
ボコンと浮上してくる自分の感情で、
はじめて分かることが多いから、
出してみるのもいいのかな。
やっぱり言祝いでいたいです。
それは本当に。
きれいごと、という意味じゃなく。
それが自分に正直に、ということなのか。
言葉ってやっぱり強いコトダマ。
呪いでもあり寿ぎでもあるんだね。
わたしにとっては、
自分の正直が、どこにあるのか探していくところから、なのかも。
今年も寒くてクリアーで良い冬です。
年末らしいことはなにもしていないけど、
亀のしめ縄をいろんな人たちといくつも作りました。
お餅もつきました。
本当に、あの人やあの人やあの人や、たくさんの人たちに、
ありがとうと、どれだけ言っても足りないくらい、
本当に、感謝の気持ちでいっぱいの大晦日です。
今年は、
ありがとうで胸がいっぱいになる瞬間がどれだけあったことか。
それだけは、紛れもなく正直な自分です。
みなさま、
どうぞ、あたたかくよいお年をお過ごしください。
2011.12.29.1
2011年12月29日
ピリピリと寒い日々だけど、
いろんな人たちにあたためてもらっています。
本当に。
本当に。
厳しい寒さだからこそ、
そのあたたかさが、
いったい自分のどこまで届いていくんだろう
と思うほど身に沁みて、
感動して、
宝ものがふえたり、
大切なことが少しずつ見えてきたり、
きっとかけがえのない体験になるんだろうと思います。
どこかに、
なにか確かなことがあるんじゃないかと
探せばさがすほど、
自分をとりまく外の環境や、
自分じゃない誰かの中に、それを探そうとするほど、
手ごたえがありそうでなかったり、
見つけたと思っては消えてしまったと思ったり。
すべてが移り変わっていく自然の中で、
確かなものなんてないんだと思う。
でもあるとしたら、
やっぱりそれは、
よく言われるように、
どこか外の世界じゃなく、誰かの中にじゃなく、
自分自身の中なのかもしれない。
自分自身の中にある感覚や思いを確かめながら、
それを信じてあげながら、
じっと持っていられたら、
それが正しいかどうかは、
まわりの人たちが、
まるで鏡みたいに、
言葉としてだったり行動となったりして、
見せて教えてくれるみたい。
自分の中に大切なものを持てたら、はじめて、
それが誰かの確かなものになるんだろうか。
自分を愛するとか、
自分を大事にするとか、
どういうことなのかぜんぜん分からなかったけど、
ほんの少し、きっとほんの少しだけ、
分かりかけた気がします。
いろんな人たちにあたためてもらっています。
本当に。
本当に。
厳しい寒さだからこそ、
そのあたたかさが、
いったい自分のどこまで届いていくんだろう
と思うほど身に沁みて、
感動して、
宝ものがふえたり、
大切なことが少しずつ見えてきたり、
きっとかけがえのない体験になるんだろうと思います。
どこかに、
なにか確かなことがあるんじゃないかと
探せばさがすほど、
自分をとりまく外の環境や、
自分じゃない誰かの中に、それを探そうとするほど、
手ごたえがありそうでなかったり、
見つけたと思っては消えてしまったと思ったり。
すべてが移り変わっていく自然の中で、
確かなものなんてないんだと思う。
でもあるとしたら、
やっぱりそれは、
よく言われるように、
どこか外の世界じゃなく、誰かの中にじゃなく、
自分自身の中なのかもしれない。
自分自身の中にある感覚や思いを確かめながら、
それを信じてあげながら、
じっと持っていられたら、
それが正しいかどうかは、
まわりの人たちが、
まるで鏡みたいに、
言葉としてだったり行動となったりして、
見せて教えてくれるみたい。
自分の中に大切なものを持てたら、はじめて、
それが誰かの確かなものになるんだろうか。
自分を愛するとか、
自分を大事にするとか、
どういうことなのかぜんぜん分からなかったけど、
ほんの少し、きっとほんの少しだけ、
分かりかけた気がします。
源助かぶ菜を洗った日。
2011年12月15日
みそ部の畑から、源助かぶ菜をどっさり収穫してきました。
今日は、大根とかぶ菜をひたすら洗った日。
野沢菜のように漬けて食べるんだけど、
このへんでは野沢菜より好きな人も多いそう。
たくさん採れたので、
半分は、みそ部のお母さん・みち子さんに習って、
明日永子ちゃんと2人でホンムネ漬けに。
半分はわたしが持ち帰って、
友だちの七草農場のレシピで漬けます。
一株一株、
菜っ葉の汚れたところや、美味しくなさそうなところを切り落として、
根元の株に十字に切り込みを入れて、
根気よく洗って泥を落として・・・・・
夕方からはひとりで、
寒いのも気にならないほど、暗くなるまで、淡々とした作業。
こういう時間もやっぱり、わたしにはすごく大切みたい。
自分と向き合うとても良い機会です。
種を蒔いたり、草を刈ったり、収穫したり、加工したり。
わたしの畑の場合、
自分の思うように育たないことはもう十分承知。
それでも、ああしたい、こうしたい、という願いをもって、
今できることをただやる。
シンプルな作業をしていると、
胸のどこかに とりあえず置いておいた記憶とか感情が出てくる。
それがいつのまにか頭を支配して、
体いっぱいに広がってきたり、ぐるぐる回ったり。
自分ひとりの中で気分が上がったり下がったりしながら、
なんとなく落ち着いてきたり、
やるしかないか、って思えたり、
まあまあいいっか、って思ったり。
瞑想のような内観のような、
昔の人たちは、そうとは思ってなかっただろうけど、
こういう時間を、ひとりひとりがもっとたくさん持っていたんだろうな。
昔は大変な作業も多かっただろうけれど、
こうして自分の心とちゃんと向き合う時間があったから、
きっと淡々と頑張ってこられたのかな、なんてふと思いました。
そんな大先輩たちを目指そうなんて、おそれ多いほど、
わたしは、頑張ったり我慢したりするのがホントに向いてないんだけど、
真似ごとからはじめた、こういう作業が、
気まぐれにやるだけでも、なんだか本当にほぉっとします。
今年はまだ、おやきを作っていなかったことを思い出しました。
菜っ葉が青いうちに、みんなで作りたいな。
今日は、大根とかぶ菜をひたすら洗った日。
野沢菜のように漬けて食べるんだけど、
このへんでは野沢菜より好きな人も多いそう。
たくさん採れたので、
半分は、みそ部のお母さん・みち子さんに習って、
明日永子ちゃんと2人でホンムネ漬けに。
半分はわたしが持ち帰って、
友だちの七草農場のレシピで漬けます。
一株一株、
菜っ葉の汚れたところや、美味しくなさそうなところを切り落として、
根元の株に十字に切り込みを入れて、
根気よく洗って泥を落として・・・・・
夕方からはひとりで、
寒いのも気にならないほど、暗くなるまで、淡々とした作業。
こういう時間もやっぱり、わたしにはすごく大切みたい。
自分と向き合うとても良い機会です。
種を蒔いたり、草を刈ったり、収穫したり、加工したり。
わたしの畑の場合、
自分の思うように育たないことはもう十分承知。
それでも、ああしたい、こうしたい、という願いをもって、
今できることをただやる。
シンプルな作業をしていると、
胸のどこかに とりあえず置いておいた記憶とか感情が出てくる。
それがいつのまにか頭を支配して、
体いっぱいに広がってきたり、ぐるぐる回ったり。
自分ひとりの中で気分が上がったり下がったりしながら、
なんとなく落ち着いてきたり、
やるしかないか、って思えたり、
まあまあいいっか、って思ったり。
瞑想のような内観のような、
昔の人たちは、そうとは思ってなかっただろうけど、
こういう時間を、ひとりひとりがもっとたくさん持っていたんだろうな。
昔は大変な作業も多かっただろうけれど、
こうして自分の心とちゃんと向き合う時間があったから、
きっと淡々と頑張ってこられたのかな、なんてふと思いました。
そんな大先輩たちを目指そうなんて、おそれ多いほど、
わたしは、頑張ったり我慢したりするのがホントに向いてないんだけど、
真似ごとからはじめた、こういう作業が、
気まぐれにやるだけでも、なんだか本当にほぉっとします。
今年はまだ、おやきを作っていなかったことを思い出しました。
菜っ葉が青いうちに、みんなで作りたいな。
memo.0111215
2011年12月15日
先日。
いかにひとを信じていなかったか、
ってことを体験しました。
それは、自分を信じていなかったことでもあり、
自然や宇宙を信じていなかった、ということでもありました。
流れに身をまかせるとか、ゆだねるとか、
そんな、コトバや形よりももっと、感覚的なことでした。
本当に。
自分の小さな頭でどれだけ考えたって考えたって、
そこからは想像もつかないようなことが展開していくんだね。
これまでのほんのちょっとの人生の経験から、
必死であれこれ予測して、期待して、
自分の行動や考えを決めて、
これしかない、って自分の世界を作って、
その中に隠れるように自分を守ろうとしてたんだな、って。
隠れていたから見えなかったことが、たぶんたくさんありました。
こんなちっぽけな自分より、
もっともっと大きななにかがやっぱりあって、
それをやっぱり信じるしかない、ゆだねていくしかない。
ただゆらゆら漂うだけじゃなくて、
なにかやりたいことがあってこの世界へ来たんだとしたら、
それを思い出す方法はやっぱり、
楽しいかどうか、ってことのよう。
日々。
必死であれこれ予測して、期待して、
考えたり行動していくしかないんだけど、
大切なのは、いつか、とか、誰か、じゃなくて、
今と自分。
信じるということさえも、
結果を思うことではなくて、今、っていうことなのかな。
ぐるんと一周して帰ってきた気分。
まだまだよくわからないことばっかりで、
きっとまたすぐにブレていくんだけど、
ぐるんとして帰ってきた風景は、
さっきよりもクリアで、
さっきは見えなかった細かな美しさやおもしろさが、
少し見えてきた、そんな感じがします。
いかにひとを信じていなかったか、
ってことを体験しました。
それは、自分を信じていなかったことでもあり、
自然や宇宙を信じていなかった、ということでもありました。
流れに身をまかせるとか、ゆだねるとか、
そんな、コトバや形よりももっと、感覚的なことでした。
本当に。
自分の小さな頭でどれだけ考えたって考えたって、
そこからは想像もつかないようなことが展開していくんだね。
これまでのほんのちょっとの人生の経験から、
必死であれこれ予測して、期待して、
自分の行動や考えを決めて、
これしかない、って自分の世界を作って、
その中に隠れるように自分を守ろうとしてたんだな、って。
隠れていたから見えなかったことが、たぶんたくさんありました。
こんなちっぽけな自分より、
もっともっと大きななにかがやっぱりあって、
それをやっぱり信じるしかない、ゆだねていくしかない。
ただゆらゆら漂うだけじゃなくて、
なにかやりたいことがあってこの世界へ来たんだとしたら、
それを思い出す方法はやっぱり、
楽しいかどうか、ってことのよう。
日々。
必死であれこれ予測して、期待して、
考えたり行動していくしかないんだけど、
大切なのは、いつか、とか、誰か、じゃなくて、
今と自分。
信じるということさえも、
結果を思うことではなくて、今、っていうことなのかな。
ぐるんと一周して帰ってきた気分。
まだまだよくわからないことばっかりで、
きっとまたすぐにブレていくんだけど、
ぐるんとして帰ってきた風景は、
さっきよりもクリアで、
さっきは見えなかった細かな美しさやおもしろさが、
少し見えてきた、そんな感じがします。
memo.0111214
2011年12月14日
めずらしくもないけれど、
昔から変わらずどこの家庭にもあるような、
甘納豆とか、おせんべい。
あんまり体には良くなさそうだけど、
時々どうしても食べたくなる、
甘いチョコレートとか、きれいな苺のケーキ。
でも実は、
フェアトレードの美味しいチョコレートだったり、
米粉やお豆腐クリームで仕立てられた、
ホッとするような美味しいケーキだったりするんだよね。
昔から変わらずどこの家庭にもあるような、
甘納豆とか、おせんべい。
あんまり体には良くなさそうだけど、
時々どうしても食べたくなる、
甘いチョコレートとか、きれいな苺のケーキ。
でも実は、
フェアトレードの美味しいチョコレートだったり、
米粉やお豆腐クリームで仕立てられた、
ホッとするような美味しいケーキだったりするんだよね。
亀いっぱい
2011年12月08日
5,6年前に、本で見つけて一目惚れしてしまった、
藁の亀。
本を見ながらなんとか作り上げた亀が、
自分でもずいぶん気に入って、
自分で育てたお米と藁で作れた年はもう、さらに格別で。
ひとりでニンマリ、自宅に飾っていただけだったのが、
わたしも作ってみたい、という人たちと一緒に作ったりして、
ちょっとずつ亀が増殖を始めていました。
この10月も。
お友だちの結婚パーティ会場に飾らせてもらったのをきっかけに、
今日も、大勢で藁の亀作りをしてきました。
声をかけてくださったのは、駒ヶ根のワーズワースさん。
わたしなんかより、ずっとセンス良く仕上がっていく、
先輩方の亀、亀、亀。
ずらっと並ぶと、んー、やっぱりカワイイ。
赤い帽子をかぶせると、クリスマスモードになり、
南天の実などを飾ると、
すぐにお正月モードになってくれるかわいい子です。
手足を動かした後にいただいた、
美味しいお茶やキッシュやお菓子も本当に美味しかった。
あー、楽しかった。
とってもよい経験になりました。
ありがとうございました。


藁の亀。
本を見ながらなんとか作り上げた亀が、
自分でもずいぶん気に入って、
自分で育てたお米と藁で作れた年はもう、さらに格別で。
ひとりでニンマリ、自宅に飾っていただけだったのが、
わたしも作ってみたい、という人たちと一緒に作ったりして、
ちょっとずつ亀が増殖を始めていました。
この10月も。
お友だちの結婚パーティ会場に飾らせてもらったのをきっかけに、
今日も、大勢で藁の亀作りをしてきました。
声をかけてくださったのは、駒ヶ根のワーズワースさん。
わたしなんかより、ずっとセンス良く仕上がっていく、
先輩方の亀、亀、亀。
ずらっと並ぶと、んー、やっぱりカワイイ。
赤い帽子をかぶせると、クリスマスモードになり、
南天の実などを飾ると、
すぐにお正月モードになってくれるかわいい子です。
手足を動かした後にいただいた、
美味しいお茶やキッシュやお菓子も本当に美味しかった。
あー、楽しかった。
とってもよい経験になりました。
ありがとうございました。
りんご酢
2011年12月07日
ふだんお料理に使うお酢といえば、
わたしはほとんど、りんご酢です。
酸っぱいものはそんなに得意じゃないけれど、
梅干しとレモンとりんご酢は別。
友だちが、加工用のりんごでリンゴ酢を作りに行くというので、
ついていってきました。
りんごの傷んだ部分を取りのぞいたら、
業務用のでっかいジューサーで、ジュースを絞り、
そこに元種(お酢)を0.1%加えて寝かせておくだけ。
機械を貸してもらい、やり方を教えてもらい、
おやつに干し柿までいただいたのは、
中川村の片桐農園さん。
農家民宿もされていて、ここのごはんの美味しさや、
あったかいおもてなしのお噂はあちこちからよく聞こえてきます。
そういえば、りんごジュースを放っておくと、
運よく、シュワシュワした美味しいサイダーになることがあるけれど、
それをさらに放っておけば、お酢になるってことなんだね。
ジューサーで絞ったばかりのりんごジュースの美味しかったこと!
おいしいお酢ができるに違いない。
また楽しみがひとつ、増えました。
簡単なことでも、
自分でちょっとやってみたりすると、
ぐーんと世界が広がる感じがするから面白い。
単純なわたしです。








わたしはほとんど、りんご酢です。
酸っぱいものはそんなに得意じゃないけれど、
梅干しとレモンとりんご酢は別。
友だちが、加工用のりんごでリンゴ酢を作りに行くというので、
ついていってきました。
りんごの傷んだ部分を取りのぞいたら、
業務用のでっかいジューサーで、ジュースを絞り、
そこに元種(お酢)を0.1%加えて寝かせておくだけ。
機械を貸してもらい、やり方を教えてもらい、
おやつに干し柿までいただいたのは、
中川村の片桐農園さん。
農家民宿もされていて、ここのごはんの美味しさや、
あったかいおもてなしのお噂はあちこちからよく聞こえてきます。
そういえば、りんごジュースを放っておくと、
運よく、シュワシュワした美味しいサイダーになることがあるけれど、
それをさらに放っておけば、お酢になるってことなんだね。
ジューサーで絞ったばかりのりんごジュースの美味しかったこと!
おいしいお酢ができるに違いない。
また楽しみがひとつ、増えました。
簡単なことでも、
自分でちょっとやってみたりすると、
ぐーんと世界が広がる感じがするから面白い。
単純なわたしです。
遠足
2011年12月06日
いつものみんなが企画してくれる、
大人の遠足が楽しい。
先日は、建築家のてるさんが軽井沢へ連れて行ってくれました。
とはいえ、建築のことなどなんにもわかず。
なので、内容はこちらで。
http://honmunekun.exblog.jp/15039172/
しいて言えば、
ヴォーリズ建築といえば、そういえば、
京都にいたころあちこちで普通に見かけていたのと、
レイモン・ペイネの絵は、ちょっと好きだった時期があったのくらい。
わからないけれど、
この広さは気持ちいい、ここらへんはすごくかわいい、とか、
この部屋だったら住んでみたい、
とか、偉そうに言ってみたり、
分かる人たちがあれこれ感想や意見を交わしているのを、
なんとなくBGMみたいに聞いているのも大好き。
そのどこかで、わたしもほんのちょっと、
なるほど、とか、わたしもそう思う、
なんて口をはさませてもらえたら、それだけで楽しめる。
それと、教会って気持ちいいね。
あの澄んだ凛とした空間にいると、
背筋が伸びて、なのにすぅーっとしてくるような。
これまでも、
教会にいてパイプオルガンが聞こえてくると、
いつの間にか聞き入っていつまでも動けなくなることが、
何度かあったのを思い出しました。
住むことに関わるあれこれって、
手軽さからいえば、最後になりがちだけど、
たぶんすごく大切なことだよね。
どんな家、どんな材質、どんな空間、
灯り、風、まわりの環境、気候、などなど、
自分が楽でいられる場所に住みたい、って、
そういえばこれまでもずっと探してきたし、
今も探している気がします。
今回の遠足も、とっても癒され、
すぐ忘れちゃうんだけど、わたしなりに勉強になり、
美味しかったし、あー楽しかった。
本当にありがとう。













大人の遠足が楽しい。
先日は、建築家のてるさんが軽井沢へ連れて行ってくれました。
とはいえ、建築のことなどなんにもわかず。
なので、内容はこちらで。
http://honmunekun.exblog.jp/15039172/
しいて言えば、
ヴォーリズ建築といえば、そういえば、
京都にいたころあちこちで普通に見かけていたのと、
レイモン・ペイネの絵は、ちょっと好きだった時期があったのくらい。
わからないけれど、
この広さは気持ちいい、ここらへんはすごくかわいい、とか、
この部屋だったら住んでみたい、
とか、偉そうに言ってみたり、
分かる人たちがあれこれ感想や意見を交わしているのを、
なんとなくBGMみたいに聞いているのも大好き。
そのどこかで、わたしもほんのちょっと、
なるほど、とか、わたしもそう思う、
なんて口をはさませてもらえたら、それだけで楽しめる。
それと、教会って気持ちいいね。
あの澄んだ凛とした空間にいると、
背筋が伸びて、なのにすぅーっとしてくるような。
これまでも、
教会にいてパイプオルガンが聞こえてくると、
いつの間にか聞き入っていつまでも動けなくなることが、
何度かあったのを思い出しました。
住むことに関わるあれこれって、
手軽さからいえば、最後になりがちだけど、
たぶんすごく大切なことだよね。
どんな家、どんな材質、どんな空間、
灯り、風、まわりの環境、気候、などなど、
自分が楽でいられる場所に住みたい、って、
そういえばこれまでもずっと探してきたし、
今も探している気がします。
今回の遠足も、とっても癒され、
すぐ忘れちゃうんだけど、わたしなりに勉強になり、
美味しかったし、あー楽しかった。
本当にありがとう。
kiminiaiwo
2011年12月05日
音楽にとてもとても癒され、
救われることの多い今日このごろ。
それから。
良い悪いとか、常識でジャッジすることなく、
ありのまま、ありのままのあり方を、
大きな視野で見守り、笑い流してくれる友人たちに、
とてもとても癒され、救われる日々。
楽しくてうれしいことばかりだったらと思うけれど、
苦しいことや悲しいことを受けとめてきた人たちって、
それさえも静かに慈しんで愛おしんでいるようで、
やっぱり深く優しい気がする。
月日や経験って重ねてみるものなんだね。
まわりにいてくれるみんなが大好き。
救われることの多い今日このごろ。
それから。
良い悪いとか、常識でジャッジすることなく、
ありのまま、ありのままのあり方を、
大きな視野で見守り、笑い流してくれる友人たちに、
とてもとても癒され、救われる日々。
楽しくてうれしいことばかりだったらと思うけれど、
苦しいことや悲しいことを受けとめてきた人たちって、
それさえも静かに慈しんで愛おしんでいるようで、
やっぱり深く優しい気がする。
月日や経験って重ねてみるものなんだね。
まわりにいてくれるみんなが大好き。
草木染
2011年12月02日
友だちの家で草木染をさせてもらいました。
どんな色に染めたいかをみんなで相談して、
じゃあ、と、
庭に出て葉っぱを取ってきます。
なんだかそういうの、いいよね。
この日は、笹の黄色と、杉のピンク。
煮だした液は、すごく美味しそうないい香り。
草木染めのときはいつもそう。
染め上がるまでの、草木の状態や、香り、色の変化、
そんないろいろが見えてくると、
きっと昔の人たちも感じていたかもしれない、
いろんなロマンが想像できそうで、たまりません。
思っていた以上にきれいな色が出て、
みんな大満足。
黄色とピンクなんてふだんはそんなに選ばない色なのに、
自然からいただく色は、
なんというか、
葉っぱのいろんな体験が織り込まれているような、
心になじんでくるような、
優しいけど豊かな色なんだね。
亀のしめ縄
2011年12月01日
今年はもうほんとうに。
気付いたら12月で。
びっくりしています。
こどものころなんか、
時の過ぎるのが遅くて遅くて、
大人になるのが待ち遠しくてしかたなかったのに。
そのころの私に、
大人も大変だよ、って言いたくもなり、
大丈夫だから、安心して頑張ってね、
って抱きしめてあげたくなったりもします。
年末になると作りたくなる亀のしめ縄。
お友だちの結婚パーティ会場に飾らせてもらったのをきっかけに、
教えてほしい、なんて言っていただいて。
もう何回も作っているのに、
毎年、その作り方を思い出すのにひと苦労。
今日はその予行演習。
なんとかできました。
シッポはこれからだけど、んー、やっぱりかわいい。


